2015年3月31日火曜日

福岡堰、桜の幻想

自宅から南西に8キロほどの、茨城県つくばみらい市福岡堰(ふくおかぜき)は県内で最も桜が美しい場所として知られています。 全長約1.8キロの小貝川沿いに約550本のソメイヨ
シノが並んでいます。広々とした空間、澄んだ青空と八部咲きの桜のコントラストが見事です。今日は平日で人影もまばら、くつろげるひとときを過ごすことができました。

  
 桜と、川の流れがまた幻想的な組み合わせです。



大堰まで歩くとかなり雄大な眺め、遠くに筑波山も望めます。家の近所にこんなところがあるなんて、茨城に住んで本当によかったと思う一日でした。






 

2015年3月19日木曜日

チューリッヒにて〜永遠の青年

最近ふと、人生も3分の2(いや4分の3?)を過ぎてしまい、一体自分の人生とは何だったのか?そして一生の最終楽章でどうやって人生に折り合いをつけ、まとめ上げて行くべきだろうかと思うのです。

さて、そこで我が生涯を振り返ってみました。そして、一番自分が輝いていた時期、人生の頂点はいつだったかと考えると、僕の場合は間違いなく25歳〜30歳までのヨーロッパ留学時代だったという結論になりました。

特にチューリッヒに移って、1人でスイスに滞在した留学生活後半は、ヨーロッパ人の友人たちと毎晩のように遊び飲むようになって多くの話題を語り合う機会が増え、やっとドイツ語も少しできるようになりました。そしてそこで育んだ友情のおかげでヨーロッパ人の気質や心情を次第に理解できるようになり、さらに様々な体験も経て自由で合理的なヨーロッパ的思考に少しは共感できる大人の留学経験者に近づけたのではないかと思っています。
そして、それを心の支えとして帰国後25年間、日本でも音楽活動を頑張って来ることができたようにも感じています。

いずれにしても、今回の訪問では昔懐かしさはほとんど感じず、25年前の僕が今でもチューリッヒの街で生き続けているような不思議な錯覚を覚えました。それは、もしかすると生涯の最高点に自分を封じ込めたいという願望なのかな、などとも考えました。

       リマト川越しに、丘の上にチューリッヒ大学が見えます。
 ペスタロッチ、レントゲン、アインシュタインらが在籍した、やはり名門大学です。

         2つの塔は聖母聖堂、チューリッヒのシンボルです。

         ママ先生が大好きな鳩時計をよく見に来たスイスの民芸品店です。

             中央駅近く、見事なイルミネーション

               中央駅に戻ってきました。
             
           フランス国鉄のTGVが停車していました。


             人生を謳歌する永遠の青年!90年頃



2015年3月14日土曜日

スイスドイツ語について

ところでチューリッヒで欲しかったもの、それはスイスドイツ語の教科書です。昔市内の書店で見たのですが・・・今回、帰り際に中央駅の書店でおみやげ程度の辞書を見つけました。スイスでは4つの言語が公用語となっていて(独・仏・伊・ロマンシュ語)、ドイツ語は約6割の人々の間で話されています。

スイスドイツ語はドイツ語の方言の一つとも言えますが、全く独自の文法、フランス語やイタリア語からの語彙も多く、また発音も複雑でとても難しい言語です。例えばドイツ語で一般的な「こんにちは」はGuten Tag!ですが、チューリッヒのドイツ語ではGrüezi ! (グリューツィ)です。その他、文法では過去形をほとんど使わず、また同じ単語でもドイツ語と性が違うなど、標準的ドイツ語とは著しい差異があります。

例えば、路面電車はドイツ語ではdie Tramですが、スイスでは das Tramで、ドイツ人とスイス人が自分が正しいと言い争っていました。しかも、スイスの各地で数多くの方言があり、一口にスイスドイツ語と言っても標準はどれ?となってしまいます。



日本では耳にする機会はほとんどありませんが、東京外国語大学の外国語モジュールの中に、なかなか見事なチューリッヒのドイツ語というコーナーがあります。動画の背景が音楽院の近くのノイマルクト停留所っていうのが嬉しいですね。ドイツ語をご存知の方はかなり驚かれると思います⇒こちら

2015年3月9日月曜日

チューリッヒ弾丸ツアー④ 懐かしい料理とお菓子編

わずか6時間あまりのチューリッヒ滞在です。音楽院⇒ETH⇒マイレンを訪れて、見たいものは全てクリアしました。残るは、食べ物です。どうしてもチューリッヒで食べたかったもの、まずはレシュティ、じゃがいもを細かく切って表面をカリカリに炒めたパンケーキ風のもので、目玉焼き、ソーセージなどと一緒に食べます。味はあまりありませんが、若干の塩味、スイス風付け合せといったところでしょうか。午後4時過ぎに中央駅中のレストランで食べました。仔牛のレバー炒めに添えられています。

スイスといえばフォンデュが一番有名ですが、例えばチューリッヒでは仔牛の薄切り肉をクリームスープで煮込んだチュールヒャーゲシュネッツェルテスなども名物として知られています。初めてレシュティを食べた次女と息子、とても美味しいと喜んでくれました。

チューリッヒの観光名所、スイス郷土料理レストランのツォイクハウスケラーで肉料理を食べる上機嫌の長女、萌子です(1989年初夏)。この後、はしゃぎすぎて・・・

さて、次に食べたかったものは日本で手に入らなかったビベリ(Biberli)というお菓子で、アッペンツェルとザンクトガレンの名物です。物価高のスイスではチョコレート等よりも安価で、いつも食べていました。今回、探しに探して駅そばのコープというスーパーの片隅で見つけました。木の実と砂糖を練り合わせたマルチパン(マジパン)のようなものが中に入っていますが、日本の餡入りお饅頭にそっくりの食感です。25年ぶりに食べました。

そうこうしているうちに日は傾いて来ました。チューリッヒ、およびヨーロッパの金融の中心、パレードプラッツ(広場)の夕暮れです。残念ながら雨模様でした。



2015年3月7日土曜日

チューリッヒ弾丸ツアー③ 懐かしの我が家編

さて、Stadelhofen 駅からスイス国鉄の近郊電車に乗り換えて、かつて住んだマイレンに向かいました。チューリッヒ湖畔の風光明媚な町です。チューリッヒから電車で30分くらいでしょうか。留学生活の後半は自家用車で通うことが多かったですね。

25年ぶりにマイレンの駅に降り立ちました。ところが、かつての我が家へと向かって歩き出した途端に道に迷ってしまい、右往左往。息子は機嫌が悪くなるし時間は迫ってくるし、道行く人に3回尋ねてやっと行き着くことが出来ました。

道に迷って山の上の方まで行ったので、チューリッヒ湖の美しい眺めを見ることが出来ました。

さぁ、ここからは26年前の写真と比べながら行ってみましょう。

懐かしい家の前の道と息子、右が家です。

同じ場所で長女、1989年夏

そして僕(若いです)

この家の地下(日当たりはよいです)に3部屋を借りていました。
大家さんは音楽家一家で、大家さんの亡くなられたご主人もピアニスト・作曲家
でチューリッヒ音楽院の教授だったそうです。チューリッヒに住んでいたピアニスト、ゲザ・アンダご夫妻と一緒に休暇旅行をしたなどと、よくお話してくださいました。そして、そのお父様は有名な作曲家・指揮者フォルクマール・アンドレーエで、チューリッヒトーンハレ管弦楽団の指揮者としてバルトーク、シェーンベルク、ストラヴィンスキーらの作品をスイスで初演されたそうです。また、R.シュトラウスのオーボエ協奏曲が彼に捧げられたそうです。それから、10代の彼がスイスに避暑に来ていたブラームスを訪ねて音楽談義をしたのは有名な話です。僕は大変恵まれたことに、その大家さんの舅さんのスタインウェイ(100年物?)、チェンバロ、オルガン、楽譜など自由に使ってよろしいと言われていました。バッハ平均律の楽譜には1890年代の書き込みがあって感動しましたね。やはりスイスは戦争の被害を受けていないので貴重な昔の文物が残っているのを実感しました。

練習する?長女萌子の写真です。
広いリビング、ホームコンサートも出来ました
            
            チェンバロの向こうにクラヴィコードも

            ああ、今ならこんなオルガンが欲しい
               ここは玄関の前でした

駅からの坂道

             
      こちらは現在です。とにかくどこもあまり変わっていませんね。

そうこうしているうちに時間がたちました。マイレン駅に戻りましょう
現在
                 
                    昔

マイレン付近は自然も豊かで本当に住みやすいところでした。練習の合間にチューリッヒ湖に散歩に行ったりしてのんびりと過ごしました。

パンネンシュティルにて 1989年1月

マイレンから対岸のホルゲンに向かうフェリーの上で 1989年1月



2015年3月5日木曜日

チューリッヒ弾丸ツアー②

懐かしいチューリッヒですが、滞在時間は6時間ほど、しかも雪が雨になってコンディション悪し。気を引き締めて中央駅を出ましたが、まず駅の出口が分からない。え、こんな方向だったっけ?トラム(路面電車)のチケットも買い方がわからず結局クレジットカードを使う始末。しかも1スイスフラン=120円、気を失いそう。市内交通の1日券を約1000円で3人分買い求めました。

さて、駅を出てまずは何と言っても我が母校チューリッヒ音楽院(現チューリッヒ芸術大学)へ。トラム3番だったと思い出しました。デザインは同じですが近代化されています。

何故か、一つ目の駅セントラルでトロリーバスに乗り換えることになって、やっとNeumarkt停留所に到着。あ〜25年ぶり、こみ上げて来るものがありますね、少しだけ。

音楽院はすぐそばです。しかし、冬休みなのか中に入れません、やっぱり。いや、これでいいんです。中に入っても何も起こらないから。しかし、全然昔と変わってないね。



ついでに、よくお昼ごはんをいただいたチューリッヒ工科大学(ETH)の学食へ行ってみることにしました。アインシュタインの出身校でもあるスイスの東大、Wikipediaにもある通り世界最高峰の工科大学です。だから、物理屋さんの息子に少し見せたいなと思いました。ちなみに入試はありません、さすがですね。

学食はやはり閉まっていました。だんだん腹が減ってきました。


              よく利用したテラスもご覧の通り

               ETHから音楽院を振り返ると


 またNeumarktに戻って来ました。Kunsthaus(チューリッヒ美術館)が見えています。


           次の目的地に行くため、Stadelhofen駅へ

            長女とよく乗ったForchbahn です。