2015年1月26日月曜日

ライプチヒにて②〜バッハとトーマス教会

さて、トーマス教会の音楽監督、市の参議、大学教師として多忙を極めたライプチヒ時代のバッハは、この地でマタイ受難曲、ヨハネ受難曲、百数十曲の教会カンタータ、平均律第2巻など後半生の総仕上げのような作品群を書き上げました。
そんな活躍の舞台となったトーマス教会の中には自由に入ることができました。

2階では合奏の練習が行われていました。まさに、この場所でこのように毎週日曜日の礼拝でバッハが自作のカンタータを演奏するため、オーケストラと合唱団を率いて練習していたのだと想像すると感動がこみ上げて来ました。

かなり奥行きが広く、プロテスタントのルター派教会らしく、派手な飾り付けや聖像は一切ありません。全体に薄暗い感じです。この反対側に祭壇(内陣)があって、そこの床下にバッハが埋葬されています。バッハのお墓の奥にある洗礼盆では、リヒャルト・ヴァーグナーが洗礼を受けたそうです。


教会の前にはバッハの銅像があります。


バッハ博物館は、トーマス教会の近くにありました⇨こちら。さほど大きくはありませんが、バッハとその一族、時代背景について系統的に網羅されていました。また、日本語のオーディオガイドがあったので細部までよく理解できました。そのため予想以上に時間を費やしてしまいました。



トーマス教会とバッハ博物館の間あたりにバッハは住んでいたそうで、さしずめ職住近接といったところでしょうか。バッハ博物館を去る息子と次女です。

午後3時半にはなり、日が傾き始めました。この後メンデルスゾーン旧邸⇨シューマン旧邸⇨楽器博物館と回って17時からのニコライ教会でのオルガンコンサートに行かねばなりません。さすがにちょっと無理のように思えて、焦り始めました。


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